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【再生の街 水谷門下生の震災15年】(下)神戸市中央区・旧居留地(産経新聞)

 ■面影残し次世代へ

 「大阪城ではなく、姫路城でお願いします」

 震災発生から10日後の平成7年1月27日。旧居留地(神戸市中央区)を訪れた文化庁の調査官に、建築材料メーカー「ノザワ」会長の野澤太一郎(77)は重文指定されている所有ビル「十五番館」の復旧についてこう頼んだ。野澤が「コンクリートで再建された大阪城じゃなく、徳川時代から在りし日のまま保存されている姫路城で」と言葉を継ぐと、けげんな表情の調査官はすぐに得心した。

 外国人の居住・営業が認められていた旧居留地は明治元年の神戸港開港に伴い整備され、当時の最新デザインを取り入れた建物が並ぶミナト神戸の顔。十五番館は免震工法を採用し、野澤の望み通り元の部材の約7割を使って再建された。

 野澤は旧居留地の企業約100社でつくる「旧居留地連絡協議会」の会長でもあった。地域では十五番館以外にも、ルネサンス調建築物の「第一勧銀神戸支店」や「日産ビル」などが倒壊していた。

 協議会では震災の前年、東京に本社移転する企業が増えたことなどから、都市計画家の故・水谷頴介の門下生だった都市計画コンサルタントの山本俊貞(61)の協力を得て、街並みを整備する「まちづくり計画」を策定したばかりだった。

 震災後、会員は昼間はがれきを片づけ、夜は杯を交わしながら街づくりについて語り、4月には「復興計画」に取りかかった。地区全体の防災機能を高め、次代の「神戸の顔」にふさわしい街並みを形成する-。「震災に負けたままじゃいかん。前以上に良くしないと、という思いが団結につながった。日本に5つある居留地で、かつての面影を残すのは神戸だけだ」と野澤は胸を張る。

 水谷から「あらゆる人の声を聴け」と学んだ山本は、街づくりに向けた住民の協議会を「それぞれの共通項を見つける場」と定義し、「ここの共通項は戦前の街並みへのあこがれ。もう一度作り直そうという共通の目的に向け、みんなが力を出し合えたから成功につながった」と話す。

 あれから15年。街は震災前以上のにぎわいを取り戻した。協議会には防災委員会も設置され、防災訓練が恒例行事になった。震災を通じて生まれ、はぐくまれてきた新たなつながりと団結だ。古くて新しい街がまた、次代の先頭に立つ。(木ノ下めぐみ)

 =文中敬称略

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